僕が社長になるまで。

起業を志す若者2人の物語。新卒就活・転職・キャリア形成に関するコラム、経営、仕事術、ビジネスマインド、副業、株式投資、仮想通貨、FIRE、サイドハッスル、ビジネス書の紹介など、仕事や会社にまつわる記事を幅広く発信するブログ。

地元優良企業の内定辞退。そして、ベンチャー企業へ。<僕の就活ストーリー>

 

 

今春から新卒として企業に入社される人も多いと思いますが、本日は起業に関することを少し離れて、僕の就活の話を書きたいと思います。

 

 

出遅れた1人の就活生

赤のベルベット。ギシギシと唸る箱の中。

 

「辞退しよ。」

 

吊り革に掴まって揺られながら、真っ黒いスーツを着た学生は1人呟いた。

 

 

 

 

 

2013年4月。

 

僕は偏差値45〜50程度の言わば、Eラン大学に入学した。

 

「勉強をするために」という言葉は表向きの理由で

小学6年生の頃から始めたバスケットボールを続ける環境を得るために

選択したと言ってもいい大学だ。

 

体育会に所属して大学生活の4年間、

バスケットボールにひたむきに熱中した。

 

学生生活の1/3の時間は体育館のコート上で過ごしただろう。

 

 

時は経ち、2016年12月。

 

木枯らしが吹く季節になって、

周りの友人達は3年生の12月頃から就職活動にモードを切り替え、

合同説明会やインターンに参加するようになっていた。

 

一方で僕は4年生の3月に就活が解禁するまでバスケに熱中し過ぎて

何も準備をしていなかった。

 

大学で出会った同志、真太も高級Barの仕事に明け暮れ、

「お前って学生?それとも社会人?」

みたいな生活をしていて就活は全くしていなかった。

 

5月頃には内定を貰った友人達も増えてきて、

5月の中旬にはゼミの授業前の教室では「内定」の言葉が飛び交っていた。

 

 

「こりゃ、まずいな・・・」

 

就活に完全に出遅れていた僕は内心焦っていた。

 

僕は初めてキギョウセツメイカイや「m」の字でお馴染みの人材業界大手のシュウカツサイトに登録し、

いくつかエントリーを開始した。

 

当時の僕は「年収テーブルの高い業界だから」という理由で

給料がよい商社を中心に軸を絞って地元で就活をしていた。

 

商社マン=金持ち。かっこいい。

 

今となっては絶対選ばないだろうこの業界だったが

当時の僕の業界バイアスは超ミーハーだったのだ。

 

就活に乗り遅れていた僕は就活解禁から2ヶ月後の6月頃から

黒のスーツ、青のネクタイを準備し、

商社の説明会に参加する日々を過ごし始めた。

 

 

 

 

新卒就活における最強カード

大学に進学された皆さんは4年間の大学生活をいかが過ごされただろうか?

 

・毎日、バイト漬け

・友達の家に住んでゲーム三昧

・彼氏、彼女とイチャコラ、ラブタイム

 

こうした生活を過ごす学生も少なくはないだろう。

 

大学生は夢の時間。

 

巷では「人生の夏休み」なんて言ったりすると思うが、

4年生の冬頃から、例えるなら「一日、ディズニーランドで遊び狂った帰りの電車の中」の様に

”夢”は覚め始める。

 

 

「就活」

 

※シュウカツとは春風1番を待たず、学生脳を貫通させるピストル音と共に一斉に始まるサバイバルゲームのことだ。

 

「おい、見ろよ」

 

その頃には高級Barで社員になるか打診されるほど、完璧に社会人化していた真太が遠くを指さした。

 

「バイト漬けだった金髪ピアスもゲーム三昧だった大学デビュー族も彼氏、彼女とのinstagramを毎日投稿してた青春謳歌組も全員、問答無用で黒髪、黒スーツさ。 」

 

「シュウカツという日本特有の慣わしに

皆、取り憑かれてんだろ。」

 

雨は降らないという日に限って傘を持ってきてる。

僕は下を向いたまま、落ち葉を傘で突く。

 

 

そして来る日も来る日も説明会、面接、説明会、面接、SPI、SPI、SPI。 自己PR。志望動機。御社御社御社。

 

・4年間、何してた?

・学生時代に頑張った事は?

 

苦しい質問が面接官から飛ぶ。

 

 

金髪ピアスも大学デビュー族も青春謳歌組も頑張る。

 

 

でも、Yahoo!メールには【選考結果のご連絡】が届く、届く。

 

基本、この件名の時はダメなんだよな。

 

本文見なくてもわかる、落ちてる。

お見送りメールってやつだ。

 

 

そんなシュウカツする学生たちの中でも彼ら彼女らは違った。

 

手札の中に最強カードがある組。

 

 

僕が小学生の頃、300円ぐらいで買えたポケモンカードより、

何倍も価値があるだろう新卒カード。

 

 

その中でも新卒就活における「UR(ウルトラレア)」とも言える、

最強キラカードは3つある。

 

1、高学歴

2、体育会部活動出身

3、某ネズミさんテーマパークアルバイター

 

シュウカツに乗り遅れた僕。

 

サバイバルで武器なしも覚悟してた僕。

 

 

でも、この中で1つ奇跡的に持ってた。

 

「体育会部活動出身」

 

 

最強キラカードの中でも特に激務業界から

人気の高いこのカード。

 

こいつを切れば無い内定だけは逃れれるという都市伝説がある。

 

 

 

体育会に夏休みなど一切ない。

 

根っからの黒髪バスケボーラーの僕は

金髪だの茶髪だのに髪染めて

夏休みにUSJ行ってる同期たちが羨ましかったんだ。

 

寂しいから「学生ノリ」ってやつで「ピアッサー」使って

ピアスを空けてイケてる学生ぶってた僕。

 

・・・・

 

 

「シュウカツしよ。」

 

 

机の上に静かに置いた。

 

楽天市場で買った、ブルーリングのピアスはそれ以来一度も付けてない。

 

 

シュウカツは、

黒髪が似合う奴から内定する。

 

シュウカツは、

旅行に行かずに体育館で汗流した奴から内定する。

 

シュウカツは、

彼女がマネージャーだった最強青春謳歌組から内定する。

 

 

 

だからごめんな、金髪ピアスたち。

 

こうして僕は、

 

 

2016年6月末。

 

新卒で月給30万円が貰える専門商社に「内定」を貰った。

 

 

 

 

 

人気の”商社”が就活の”勝者”か?

オホーツク海側で発生した梅雨前線が西日本に北上。

8日頃には関西圏も梅雨に入るでしょう。」

 

朝っぱらから、気だるいニュースだ。

 

朝げの味噌汁を啜りながら、

僕はリモコンを手にとってテレビを消した。

 

部屋のハンガーにかかってる

目障りなぐらい毎日、視界に入ってくる真っ黒いスーツに袖を通す。

 

 

「行ってきます。」

 

京都駅から湖西線に乗って「オンシャ」へ向かう。

 

一次選考の説明会とSPI試験では

1日に200人ぐらい就活生が集まった。

 

大学のキャリアセンターで貰った地元の優良企業ランキングの本にも

上位に載っている人気の会社だった。

 

 

SPIの非言語は壊滅的だったが、

得意の言語と時事問題は案の定無双できた。

 

二次選考はグループディスカッション。

 

どこぞの国立大学の男が胡散臭いシュウカツ情報でも見たんだろう。

1人鼻息荒く手を挙げた。

 

そこで国立が「リーダーになる」と言ったので、他のメンバーで役割を順次決めてった。

 

僕の横に座ってた地味な男子が監視。

 

本田真凜みたいな女の子が書記。

 

そして、僕はタイムキーパー係を買って出た。

 

議論が進む中、国立が僕に「後何分?」と聞いてきたので

「8分」と答えると

国立が「やばいじゃん」と言った。

 

お前が暴走して議論をぐちゃぐちゃしたからだけどね。

 

そう思ったが、僕の目標は「シュウカツをすること」ではなく、

「給料のいい会社に入ること」だったので

この慣わしみたいな作業に深く首を突っ込むのはやめた。

 

35分のディスカッションで言葉は2回しか発さなかったが

僕は「最強カードの持ち主」だった。

 

 

後日、「m」の就職サイト経由で

この会社から「三次面接のご案内」が届いた。

 

 

三次面接はグループ面接だった。

 

 

「いくらぐらい年収欲しいと思ってんの?」

 

人事部の担当者が全員に聞いた。

 

 

僕は(なんだよ。学生相手に鉛臭い質問だな。)と思ったが、

 

一番端に居た男は「1000万円です」

 

横の女の子は「旦那さんが居ると仮定しますと350万円でも幸せを感じれます」

 

と答えた。

 

「朱華君はどう?」

 

人事部の担当者が僕には何故か名指して聞いてきたのが気になったが

僕は目線だけ天井に一度ぶつけて

再び前を向いて言った。

 

 

「240万円です。」

 

 

こう答えた理由はまた後でわかる。

 

僕の予想だにもしない回答に静まり返ったオフィスが耳障りだった。

だから、閑古鳥でもいいから鳴け。

 

僕はそんな風に思う余裕すらあった。

 

 

「なるほど。」以外の言葉を人事からは貰えなかったが

僕は「最強カードの持ち主」だった。

 

後日、「m」の就職サイト経由で

この会社から「最終面接のご案内」が届いた。

 

最終面接もグループ面接で

たった数回しか行わないそうだった。

 

そのとき僕は(おかしいな)

確かにそう思ったことを今でも覚えている。

 

 

 

最終面接では何故か全員が体育会出身の男子学生だった。

 

ポケモンカードバトルの全国決勝みたいだな)

 

ポケモンカードのパックを購入して全部キラカードだったら、

それは逆にバトルすらできないのだが。

 

 

「彼は⚫︎⚫︎のエピソードが〜」

 

 

人事部の担当者が最終面接まで残った僕たちを1人ずつ

役員に紹介した。

 

 

そして、最後に僕の番が来た。

 

人事担当者は役員に向けて「彼は」と口を開いた、

 

 

 

「1番、誠実です。」

 

 

 

 

 

 

僕は自宅のリビングで縦長の封筒を見つめていた。

 

「専門商社と言えど、春から商社マンか」

 

”内定通知書”が家に届いたのは、シュウカツを本腰入れて始めてから3ヶ月経った頃だった。

 

 

友人達が内定した企業よりも給料が高く、

地元の優良企業ランキング上位の「人気の商社」から内定を貰った。

 

それだけで「自分は優秀で特別な存在なんだ。」だと

当時は勘違いしていた。

 

 

 

月収30万円✖︎人気の商社という言葉に釣られて、

カードを切って得た内定。

 

なぜだろう。こんなに心が晴れないのは。

 

 

夏なのに霧がかかったような心の安定剤は「シュウカツを続けること」だった。

 

 

商社の内定を保留していたが、油蝉の合唱と京都特有の地形による灼熱の暑さが

黒スーツに袖を通す気力を蝕んでいった。

 

 

 

2016年11月。

 

結局、僕はこの商社に「内定承諾」しなかった。

 

社会人になってから、その会社を「オープンワーク」で調べてみると残業時間のバロメーターがゲージを飛び出るんじゃないかという勢いで多かった。

 

 

 

時は戻って、8月。

 

内定者の研修を受けに行った。

 

 

「240万円です」

 

 

内定者研修では閑古鳥が鳴かないオフィスで

「なるほど。」とだけ言った

人事の担当者が仕事内容を話してくれた。

 

 

しかし、その仕事内容を聞いてもどうしても僕は全く面白い仕事だと思えずにいた。

 

「まだ、仕事を始めてもないのによくそんなことを言えるね」と言われても仕方がないが

ビビッとくるものが全くなかった。

 

・俺はサッカーで全国出場しました

・マイナースポーツですが日本代表です。

 

内定者の自己紹介では体育会出身の学生達は自分の紹介は程々にして

部活動での武勇伝、成績、記録を自慢する会となっていた。

 

 

そんな彼らの浅い自慢を聞き流しながら、色白の痩身の学生は目の裏で赤く灯る数字を思い蘇らせた。

 

 

「53秒」

 

 

僕が大学バスケ部時代、公式戦で出場したプレータイム。

 

 

ようやく僕の自己紹介の番が来たか。

 

僕が4年を経て記録に残したのは「53秒の出場」という特に目立った成績を収めていた訳ではなかったので

軽く流してテキトーに話したことを覚えている。

 

実際、こんな1ミリも熱さを感じない薄っぺらい人間(同期になる人たち)とも正直、全然馴染めなかった。

 

 

この日の帰り道、電車の中で外の風景をボーッと見つめていました。

 

宮崎あおいがこっちを見ている青い広告。

 

JRがふわふわした僕を宇宙の彼方まで易しく連れて行く。

 

 

僕にとってこの商社へ入社することは

「自分の人生の最適解か?」と

何度も自分に問い掛けた。

 

そして「誰の為に?」「なぜ?僕は働くのだろう」と頭の中で

ずっと考えていたことを覚えている。

 

僕はその日以降も商社の内定を承諾するかどうか悩んでいた。

 

 

 

優良企業ランキングにも載っている。

 

新卒で月収30万円も貰える。

 

お金を稼ぎたい「誰か」にとってはとても良い会社だったのかもしれない。

 

 

 

「誰か」にとっては。

 

 

 

 

人材業界へ

「全然、いい求人出てないな〜」

 

ある日、僕が学校から帰宅すると母親が人材業界大手の「R」社の求人誌を見ていた。

 

僕の母親は訪問介護の仕事をしていたが、

僕が高校生ぐらいの頃にヘルニアを患って退職。

 

以降は専業主婦をしている。

 

母親はご高齢の方が可愛いらしく、よく介護の仕事の話をしていた。

 

だから、僕は母親が働けなくなってしまい、

「自身が稼ぎがないこと」が理由で

好きな物を買ったり、誰かに何かをプレゼントしたり、旅行に行ったりすることを

躊躇っている時があった。

 

 

僕はそれをとても悲しく感じていた。

 

「いい求人出てないな〜」と言いながら、

求人誌をぺらぺらめくり仕事を探す母親の姿を見ている時、

僕は「これだ」と思った。

 

 

「労働社会で苦しむ人達を助けたい。」

 

 

僕は、

・母親ように怪我や病気で無理ができない体になってしまった人

・何か精神的に辛いを思いをしている人

・シングルマザー、ファザー

パワハラや過酷な労働を強いられている人達

など、

「労働社会で苦しい思いをしている人たち」を助けてあげられる仕事をしようと思った。

 

 

「仕事をする人、働きたい人を支える仕事」

 

恥ずかしながら当時、全くの無知だった僕はGoogleでこう調べると

「人材業界」

という全く何をやってるのかよく分からないが、のちに僕の社会人人生を

大きく変える業界がヒットした。

 

Googleの「お前、これ調べたいんじゃね?」の

テクノロジースペックにとても感謝している。

 

マリッサ・メイヤーありがとう。Googleありがとう。

 

 

人材業界の仕事は大きく分けて3つある。

 

「人材派遣業」「人材紹介業」そして「求人メディア。」

 

実は人材業界=派遣業という人も少なくはない。

実際に僕も学生の頃、そう思っていた。

 

 

iPhone6で調べると人材業界に関する記事が沢山あり、

ブックマークはすぐにいっぱいになった。

 

 

「人材紹介だな」

 

ネットで「転職したい人や求職者の相談に乗り、次の職場を探してあげるヤリガイ溢れる仕事!」

と書いてあったことで

1番初めに興味を持ったのは「人材紹介業」だった。

 

 

「すごい。何て素敵な仕事なんだ。」

 

当時、子犬みたいに純粋無垢だった僕の

身体に衝撃が走った。

 

だけど、僕は1つ疑問に思った。

 

アルバイト経験はあるけど、社会人経験が全くない。

完全にゼロだ。

 

社会や働くことを何も知らない23歳の新卒が、30代や40代のキャリアを積んできた大先輩や職場に悩みを抱えている人達へ最適なアドバイスなんてできるのかな?

 

とても悩んだ。

 

なぜなら、もう1つの選択肢にあった「人材派遣業」も

人に仕事や職場を紹介し、

その人が働いている期間中もサポートをするのが業務にあるからだ。

 

 

考えに考え抜いた上、僕が決めたのは「求人メディア」だった。

 

 

 

 

 

階段を駆け上がって左の部屋へ飛び込む。

 

SPIの勉強で使ったキャンパスノートに鉛筆で殴り書く。

子犬のように目を輝かせて。

 

 

社会人27歳になったいま。

実家に帰るとたまに読み返すことがある。

 

 

キャリアプラン

 

と書かれた題目の下にはこう記されていた。

 

 

何も知らない自分は求人メディアの営業として人材業界でキャリアをスタートさせる。

⬇︎

法人企業のところへ商談に行き、

経営者や人事と話すことで業界や職種のことを知る!

 

 

 

そして、求人メディア(広告業)は業界を問わないことも僕には魅力だった。

 

医療、建設、介護、IT、保育、メーカー、物流、金融、飲食、ナイトワークなど、

様々な業界、職種の雇用創出にも大きく寄与できる。

 

「仕事で悩んでる人は多い。だから、1部の限られた仕事の人しか助けられないより、

多くの人を助けたい。」

 

だから業界を絞らず、知識は広く習得できるほうが良い。

 

当時22歳。

僕は求人メディア営業になろうと決めた。

 

次の日から早速「求人メディア業界」を軸に僕はついに「就活」を始めた。

 

 

 

 

2017年1月中旬。

その日は冬晴れの気持ちいい天気だった。

 

「久しぶりに袖を通すな。」

 

8月のあの日以来、袖を通してなかった黒いスーツを

羽織って僕は家のドアを開けた。

 

 

 

赤のベルベット。ギシギシと唸る箱の中。

 

「辞退しよ。」

 

吊り革に掴まって揺られながら、真っ黒いスーツを着た学生は1人呟いた。

 

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駅を降りて改札をくぐり地上へ。

「北浜駅」

 

大阪証券取引所のある金融街

 

北浜は日本の近代化に大きく寄与した場所で

東京の兜町と並んで

「仕事ができる人が働く街」として有名な関西経済。いや、日本経済を支える超一等地。

 

 

僕は徐にiPhone6を取り出した。

 

「お世話になります。」

 

 

鼓動が緊張で早くなっていく気がした。

 

 

「僕、人材業界に行きます。」

 

 

 

 

そして。

 

僕はずっと入社をするか悩んでいた地元優良企業の商社の内定を辞退した。

 

 

 

 

全てが白紙になった状態での再就活

当時の僕は「直販」と呼ばれる自社メディアを運営する会社、R社やM社など

大手企業で働いた方が同期入社も多いし、

「何だか楽しそうだな」と思っていた。

 

 

しかし、時は2016年2月に差し掛かろうとするタイミング。

 

 

そもそも来春の新卒生の就活が始まる1ヶ月前に

まだ応募受付してる会社はそうない。

 

エントリーを受け付けていた大手人材サービス会社の選考に応募したが

残念ながらあっけなく一次選考で落ちてしまった。

 

企業から通知が来るたびに落ち込み、

リクナビ」を見ながら僕は受付中の人材会社を探る日々。

 

ある時は面接時間を他の候補者とブッキングされて

寒空の下、1時間待たされた。

 

ある時はニヤニヤした顔で若い面接官に

「今就活やってんすか?」

と笑われた。

 

 

 

 

「これ、内定できるのか...?」

 

 

卒業が近い焦りから来る不安で夜も眠れず、

深夜遅くまで就活サイトや口コミを見ていたことを思い出す。

 

どんな記事を読んでも、人材業界の採用試験の難易度は「高い」と書かれており、

焦りはピークに達していた。

 

 

 

リクルートジョブズ」という業界大手の広島での選考を

1週間後ぐらいに控えていたある日。

 

 

 

 

紫色のロゴカラーで有名な人材業界大手企業出身の社長が設立した

当時、設立2年目のスタートアップから内定を貰った。

 

 

そのスタートアップの社長さんは何故か僕のことをとても気にかけてくれた。

 

北浜のオフィス近くにある、「DOUTOR」に連れてってくれて本音で人材ビジネスの厳しさや醍醐味を話してくれた。

 

「ぶっちゃけ稼ぎたい?」

社長は僕に聞いた。

 

「はい」

 

「どのくらい?年収で。」

 

「240万円です。」

 

社長はギャハハと笑ってくれた。

そして、

「面白いな。経営勉強してるんだな。さては、それとも父親の教えがいいんだな?」

と言った。

 

 

この240万円と答える理由がある。

 

僕は当時、22歳だ。

 

(22歳の社会に出たこともない奴に300万円を出す人がどこにいるんだろう。)

僕の本音はここにあった。

 

300万円を貰う人の大半は300万円を貰える根拠を知らないという。

 

自分に300万円を払うために会社がどれだけ利益を出せばいいのか、

全く知らないという人も多い。

 

自分の”値段”を指し示せない人が社会に出ていない就活生には特に多かった。

 

 

 

 

商社の面接でも、この社長との面接でも僕はこう伝えたかったのだ。

 

「(僕の市場価値は)240万円です。」

 

 

結局、このスタートアップにも就職する事はなかったが、もしここで内定を承諾して入社していれば、

僕が見ている世界は全く別のものだっただろう。

 

当時社員3名だったが、

今この会社はとても成長しているようだ。

 

 

 

 

 

このスタートアップから内定を貰った後日。

 

 

 

別の求人メディアを代理販売する求人広告ベンチャーから

内定を貰うことができた。

 

求人広告営業なら「ぶっちゃけ何でもいいや」と思っていたのと他の選考も内定するか分からなかった僕は

内定を貰った、この”青色の会社”に入社することに決めた。

 

 

人材業界5年目になって振り返ってみると、大手企業であれば求人メディアだけでも複数に部署が分かれており、

担当できる業種や職種の領域が狭い。

 

 

 

22歳。若気の至りやビッグマウスとも言えるが、僕は多くの人の役に立ちたかった。

 

 

 

色々な職種や事業形態(個人店からチェーン、中小企業)に携わりたいと思っていた僕にとって人材業界でのファーストキャリアが代理店で良かった。

 

※代理店は色々な直販の求人メディアを代理販売するアライアンス契約を結んでおり、手札が多い。

手札が多い分、関われる業種や仕事の幅も広くなる。

 

 

 

 

社会人生活の幕開け

いざ求人広告ベンチャーに入社してみると、中途半端なスタートアップよりも

遥かに「カオスな会社」だった。

 

特筆すべきは、社長のワンマン経営だろう。

 

「俺を見習え」

 

「俺は経営者ではない。事業家だ」

 

そんな風にいつも言ってたが、社長は普通に「いい人」ではあったと思う。

 

 

まともに勤怠管理1つ行っておらず、誰が残業をどれくらいしてるかわかってない。

 

もちろんこの会社では、

「ザンギョウダイ」や「ユウキュウ」という言葉は全く出てこない。

 

中小企業でも珍しいレベルの杜撰な管理体制。

福利厚生は交通費のみ。

 

ロゴは確かに青色だった会社は蓋を開ければ真っ黒い企業だった。

 

でも唯一救われたのが上司が優しく、社員も人柄の良い人達ばかりだった。

 

「夜遅くまで働くのが美学。」「ウチはブラック。」

そんな逆に清々しい風潮もあってか、

優しいメンバーには感謝しつつ、朝の9時〜23時、

遅い時は午前2時頃まで仕事。

 

時には週2、3をホテルで暮らしていたぐらい、

毎日、夜遅くまで頑張って働く。

 

「時代のその先へ。」という経営理念も恥ずかしいほど、

時代錯誤も甚だしい美しいまでの漆黒。

 

良い点もあった。

優れた営業会社でキャッシュが多く、お金に困っている様子は一切なかった。

 

 

「(僕の市場価値は)240万円です。」と言ってた僕の1年目の営業成績は達成率50%以下だったし、

 

「給料は貰うものじゃないぞ」と

社長やマネージャーに厳しく言われてたが、

 

「未来給」という名で23歳に払うにはもったいないぐらいに給料も高く、

ハードワークも案外、気にならなかった。

 

 

また、求人メディア営業として

関西No.1のTOPセールスのマネージャーのもとで

仕事ができたことで

「働かされる者」と「働く者」の違い、労働者2.0へと自分をアップデートできた点は大きい。

 

また、会社経営を非常に近い距離で見れることはベンチャーならでは。

非常に勉強になった。

 

 

 

赤く灯ったボタンを押す。

 

缶コーヒーが落ちる音がオフィス街の裏の静かな駐輪場に響き渡る。

 

 

 

毎日のようにテレアポ、商談、飛び込み営業を繰り返して

気づけば入社してから2年の月日が経過していた。

 

 

 

 

当時から目標だった、

「労働社会で苦しむ人達を助けてあげる」という思い。

 

 

 

 

それは今も変わらず持ち続けている。

 

 

 

 

ベンチャー企業で学んだこと

会社設立から10年後の事業継続率は20%程度と呼ばれる起業の世界。

 

黒色のベンチャー企業を経験した僕が思うのは「起業」という大海原の中で生き残る為の術を身につけるには

ネームバリュー・ブランド・情報量、全てが準備されている

大手企業では難しいと思う事がある。

 

起業したら会社の看板などなく、名前もないし、情報もない、お金もない。

全てが不足しているのだ。

 

本当に何もリソースが整っていないスタートアップ、ベンチャー企業への就職は経営者になる為の

通過点として考えれば、

「とても英断だった」と振り返ってみると感じる。

 

大手企業に新卒から入社した人には分からない理不尽や苦難、尋常じゃない激務が

ベンチャー企業では日常茶飯事に起こる。

 

 

ベンチャーの醍醐味や苦難を知りたいなら、板倉雄一郎氏の「社長失格」を強くお勧めする。

 


社長失格 ぼくの会社がつぶれた理由【電子書籍】[ 板倉雄一郎 ]

 

また、ここまでベンチャー推しかのように長々語ってる僕だが、

新卒で入社するなら”絶対に”大手企業をお勧めする。

 

福利厚生や有休消化はもちろんだが、大手ならではのナレッジ量、同期(人脈)の人数、仕事の大きさなどが全然違うからだ。

 

 でも中小企業やベンチャー企業に入社するメリットは何も無いかと言われると

「案外、そうでもないよ」と

僕は経験者として豪語するだろう。

 

 

 

中小企業やベンチャーは経営陣と距離がとても近い。

経営の苦難や会社の業績も否が応でも社員の耳に入ってくる。

 

ある日の朝礼で昨年同月比何%ダウンしていることが社長から告げられ、

「お前のせい」

と詰められた。

「君は何をやっている?どこ向いて仕事しているんだ。デスク代返せよ」と。

 

もちろん良い時は

「朱華、いい感じなってきたな」と

とても厚く握手を交わして褒めてもらってた。

 

スタートアップやベンチャーは大手企業のように「自分が何もしなくても」

会社の名前も知らない誰かが

お金を取ってきて給料を払ってくれる環境ではない。

 

スタートアップやベンチャーでその意識で働いても、自分の報酬には「1円」にも繋がらない。

 

それにその意識で働くことをベンチャー企業は許さない。

 

なぜなら、会社が生き残ることに毎日、死ぬ気で必死にならなければならないから。

 

 

 

将来は独立したい、起業をしたいと思う人なら、一度は経験しておいても損は無いのではないだろうか。

 

大手企業とベンチャー企業では働き方や社内ツールとか全く違い過ぎて相当ギャップを感じるだろうし、

ベンチャーで働くのは何とも言えないような苦しさがあった。

 

本当に「何もない」カオスな状態を楽しめる人が

ベンチャータイプだ。

 

僕は業界大手へ転職したが、大手企業の恵まれた環境に刺激が足りないのか

ベンチャーに転職したいと言ってる人も多い。

 

僕もジョブホッパーだから、また良い船が目の前に来たら

ベンチャー企業に行くかもしれない。

(でも、転職は慎重に)

 

 

 

 

あの商社の内定を蹴ってベンチャー企業に入社したこと、人材業界を志したことを後悔したことは一度もない。

 

 

 

 

僕のことを拾ってくれた求人広告ベンチャーに感謝するとともに、現在も人材業界で日々培っていることを今後も活かして起業を目指していく。

 

「労働社会で苦しむ人達を助けてあげよう」

僕の目標はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

以上、僕の就活ストーリーでした。

 

最後までお読み下さり、ありがとうございました。